気まぐれ定年塾

『ぶっきらぼう』

 「うちの夫がぶっきらぼうで、あいそのないことは智美さんも知ってるでしょ。おはようとか、いってきますって、声だけはかけるんだけど、ボソッと不機嫌で、怒ってるとしか思えない」

 「うーん。照れ屋なのね、克彦さん。私にも、低音でボソボソあいさつするわ」

 「それが愛犬にはメロメロよ。甘やかす時は声がひっくり返る」

 有子さんは夫の悪口を言った。

 翌日の夕方、智美さんが花に水をやっていると車が止まった。ぶっきらぼうの克彦さんが窓を開け「こんにちは!」と、変てこな作り笑顔と妙に高い声であいさつするではないか。

 「こんにちは」が「こにゃにゃちは」と聞こえ、智美さんは「その声と顔つきは何じゃい」と笑いが止まらない。

 「いやぁ、あいそよくあいさつする練習です。奥さんがしつこく注意するんでやってみました」

 毎年二回、克彦さん率いるロックバンドのコンサートがあった。七人のバンドは四十年以上も続けられ、ファンが多い。克彦さんの本業は、大きな美容室の経営者だ。

 智美さんは、七十歳を迎えた克彦さんの「ズズン」とおなかに響いてよく通る歌声と、巧みなギターさばきにしびれた。

 三時間が過ぎ、克彦さんはていねいにファンを見送ろうとドアの外に出る。妻と智美さんには

 「ありがとうございましたぁ」と、高い珍妙な声を張り上げて相好を崩したため、妻に思い切り脇腹をつねられた。

(作家)西田小夜子

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